新庄エリア

緑深い山々に囲まれ、
独自の風習が息づく森の集落

SHINJO
area

美浜町で最も南に位置する新庄地区は、
山々に囲まれた緑豊かな集落です。

明治時代前半頃までは近江地方と若狭を
結ぶ街道として
木炭や海産物を運ぶ
物流の役割を担う重要な場所でした。

登山や渓流釣り、キャンプなど
幅広い世代が楽しめる
アクティビティが充実しており、
集落では世代を越えて受け継がれてきた
独自の風習が根づいています。

Story

Story 03.

新庄エリア2024.08.30

神話を再現した祭礼
しなやかに舞う
彌美神社の「王の舞」

古くから神社の祭りは芸能の舞台であった。美浜町の神社でもさまざまな舞や踊りが演じられており、時代ごとに流行した芸能が奈良や京の都からもたらされたり、近隣地域から伝わってきたりなどして、民俗芸能として息づいている。

美浜町をはじめ若狭エリアの神社では平安末期から伝わる「王の舞」という神事芸能が行われている。今回は毎年5月1日に行われる彌美(みみ)神社の例大祭を追った。

耳川流域16の集落による神事

彌美神社の例大祭では神輿は登場せず、彌美神社の神々が降臨したと伝えられるヨボの木で作った「大御幣(おおごへい)」が駆け巡る

美浜町宮代(みやしろ)に位置する彌美神社。毎年5月1日に行われる例大祭は、 約1300年前に開化天皇の孫である室毘古王(むろびこのみこ)が24人の弟子を引き連れて大和から近江の国を経て、耳川上流の大日原に降りた様子を再現した神事である。

「5月まつり」「宮代まつり」とも呼ばれ、美浜町を流れる耳川流域の集落の行列が彌美神社に集結し、一日かけてさまざまな神事が執り行われる。

大御幣の「幣招き」

午前8時頃から各集落を出発した行列が彌美神社を目指す

耳川流域の16の集落が集結する

華やかな稲穂を表した興道寺集落の「御膳」

朝9時、集落から続々と行列が彌美神社に集まってきた。

例大祭に参加するのは16の集落。耳川の上流に位置する新庄集落では神様への捧げ物である「一本幣・七本幣」を、麻生(あそ)集落は「王の舞」、「三ケ(さんが)」と呼ばれる佐野・野口・上野(うわの)集落は「獅子舞」を担当するなど、集落ごとにさまざまな役割を担い、今日の日を迎える。

神社に到着すると集落から運ばれてきた「御膳」と呼ばれる餅細工が奉納される。
水田を所有している集落は稲穂を摸したり、漁業を営む集落は鯛をかたどっていたりなど、各集落の特色が表れている細工が見どころの一つだ。

神事を司る神職をはじめ、氏子の総代や各集落の代表者たちも続々と拝殿に集い、粛々と神事が執り行われる。

※一本幣・・・ヨボの木を幣串とした御幣、七本幣・・・コブシの木を幣串とした御幣を7本束ねたもの

氏子の総代や各集落の代表者が拝殿に入っていく

拝殿では氏子のひとつ、南市集落の少女たちによる「乙女の舞」が奉納される

大御幣も神様を迎えるにあたり「幣招き」という参拝を行う

神様を大御幣に移す「幣迎え」

一本幣に宿った神様の御霊を大御幣に遷す「幣迎え」

重さのある大御幣を地面すれすれまでゆっくり下げていく。かなり負担のかかる動きだ

見守る男衆たち

大御幣を天に掲げると周囲から大きな歓声が上がる

神事の後に行われるのは、「幣迎え(へいむかえ)」。
一同が参道入口まで行列を成して移動し、一本幣から大御幣(おおごへい)という大きな串に神様の御霊を遷す神事で、前半の見どころのひとつである。

大御幣と一本幣はお互い、ゆっくりお辞儀するように地面スレスレまで下げられていく。無数の紙垂(しで)がついた2mほどの大御幣を地面につかないように下げるのはかなり負担のかかる動きだが、早く上げようとすると周囲の男衆から「まだまだ」と声が飛ぶ。

大御幣と男衆との攻防が続くこと数分間、「よいしょー!」という威勢のいい掛け声とともに勢いよく両方の幣が天へ掲げられ、周囲から大きな歓声が上がった。この拝礼を3回行うことで、神様の御霊が大御幣に遷るのだ。

大御幣は「王の舞」とも対峙し、拝礼を行う

最後に、獅子が大御幣に大きく口を3回打って拝礼が終わると、状況が一変する

一本幣との拝礼を終えた大御幣は、祭礼の終盤に登場する「王の舞」と「獅子」とも対峙。一本幣と同様、緊張感のある幣迎えを行い、最後に、獅子が伸び上がり「バクン」と大きく口を3回打って拝礼が終わると、ここから大御幣が大きく動いていく。

上げと下げの攻防「幣押し」

大御幣は神輿として、男衆に抱えられ本殿へ向かって進み出す

上げ番、下げ番との一進一退は約4時間続く

紙垂がとれて串の姿になった大御幣。境内の中でもまだまだ攻防は続く

少しずつ大御幣が本殿に近づいていく

幣迎えを終えた途端、神様の御霊が遷った大御幣は男衆たちによって抱えられ、本殿に向かって参道に進んでいく。男衆は大御幣を本殿に押し上げ納めようとする「上げ番」と、これを阻止しようとする「下げ番」に分かれ、大御幣をめぐって互いに競い、「上げ上げ」「下げ下げ」の声とともに押し合っていくのだ。

お昼前から行われる「幣押し」の一進一退は、なんと午後4時頃まで延々と続く。上げ番・下げ番の男衆が入れ替わり立ち替わりながら激しく揉み合ううちに、大御幣は原型をとどめずただの串の姿に。

上がるかと思えば再び押し戻され、鳥居、参道へと戻ってはまた石段へ。一進一退を繰り返しながらも数時間後には着実に本殿へと近づいていく。

本殿に上がる最後の石段では、20名以上もの男衆が一本の串と化した大御幣をめぐり最後の攻防が繰り広げられる。「上げ」「下げ」の掛け声がいつしか「上げ上げ」に変わり、肩車された「御幣差し」という稚児の合図によって大御幣が本殿に奉納されると、大きな拍手が沸き起こった。

肩車された「御幣差し」の稚児が扇をひるがえすと、いよいよ大御幣は石段を登って本殿へ

流れるような美しい「王の舞」

頭には鳳凰の鳥兜、深い赤の天狗の面が印象的

王の舞の伝承はすべて口頭や身体を介して行われる

不自然な動作を持続したまま流れるようなしなやかな動きが求められるため、かなり身体に負担がかかる

4時間以上かけて大御幣を納め、ドラマチックな結末を迎えた「幣押し」。
ここから一気にクライマックスを迎え、いよいよ王の舞の出番である。

真紅の着物に鳳凰の鳥兜、天狗の面をつけた王の舞が境内に登場し、笛と太鼓の音色とともに静かに舞っていく。

彌美神社の王の舞は女の舞と言われるが、舞い手は麻生集落の男性が担当する。
しなやかに女性の仕草で美しく舞うことが求められ、鉾を持って「拝む」「種播き」「地回り」「鉾返し」、鉾を放して「肩のしょう」、「腰のしょう」と呼ばれる所作を円を描くように連続して行い、約50分演じていく。

優雅でありながら繊細な舞。面を被っていながらもその表情が伝わってくるようだ。

コミカルな動きに
笑いが起きる「獅子舞」

静かな王の舞とは一転し、躍動感のある獅子が登場

袴姿の警護たちが暴れる獅子を取り押さえようと追いかける

舞台を見ているかのようなコミカルな動きに歓声が上がる

静寂な王の舞を終え、ラストを飾るのは獅子舞の奉納だ。
「口取り」と呼ばれる一文字笠に袴姿の警護4人が暴れる獅子を取り押さえようとするが、強弱をつけた獅子の舞に翻弄されなかなかうまくいかない。吹っ飛ばされたり転げ回ったり…警護たちのオーバーアクションに盛り上がり、観客からは時折大きな笑い声が上がる。

最後には警護とともに獅子舞が本殿に奉納され、例大祭の長い1日は終幕した。

最後は供えられた御膳の半分をお下がりとして各集落に持ち帰る

総大なスペクタクルで繰り広げられた彌美神社の例大祭は、祭礼の枠を超え、耳川流域の地域全体を舞台として演じられた神話劇を見ているようだった。

観客の中には王の舞を見るため県外から何十年と通い詰めている人も。集落の結束力や一つひとつの神事に込められた意味の深さに、我々もすっかり魅了されたのだった。

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