日本海に面している美浜町は海のイメージを持つ人も多いかもしれないが、実は豊かな山に囲まれた地域でもある。福井県と滋賀県の県境に広がる中央分水嶺の山々をめぐる「若狭路・美浜トレイル」は、最高の絶景を楽しめるルートが充実。知る人ぞ知るトレッキングスポットとして、県内外の登山客から注目を集めている。
6月上旬、美浜の山を知り尽くす新庄地区のみなさんとともに、秘密にしたい景色を探しに出かけた。
かつて若狭と近江をつなぐ
街道があった場所
JR美浜駅から車で約20分、待ち合わせ場所の新庄山村開発センターに到着した。
登山を案内してくれるのは、新庄地区の活性化に携わる牧野巧さんと嶌本均さん。若狭路・美浜トレイルの登山ルートの整備も手がけており、新庄エリアのあらゆる山に精通している。
早速、地図を見ながらルートを確認していく。
今回、我々が登るのは、大谷山と屏風ヶ滝に向かう2つのルートだ。
大谷山は福井県と滋賀県の県境に位置する標高831.9mの山、屏風ヶ滝は渓谷沿いでビギナーにも登りやすいという。
美浜町は実は町域面積の約8割を森林が占めている。
そのほとんどが民有林。日本の山の多くは人工樹林が多いなか、新庄の山にはナラ、ブナ、シデ、ケヤキ、ヤマザクラ、クリなどの、天然の広葉樹林が分布している。
また、若狭エリア最大級のブナの群生地や1万5000年前の氷河期を生き延びた天然スギ林など、生態学的にも、地域の自然遺産としても大変貴重な森林地帯が広がっているのだ。
さらに新庄地区は「粟柄越(あわがらごえ)」という古代から近江と若狭の国境(江若国境)を結ぶ道が通っており、若狭からの海産物や木炭などの輸送路として利用されてきた。
江戸時代にはこの場所に小浜藩の関所が置かれ、滋賀方面と行き来する通行人を取り締まっていたそうだ。
「集落に住む24軒の住民が山仕事をしながら、関所を通る際の荷物の運搬や情報の伝達など関守をしていたそうです。明治時代に藩がなくなり、大正時代には集落が廃村となりましたが、今でも登記には当時のことが残っています」と嶌本さんが教えてくれた。
標高831.9mの大谷山へ
新庄地区の「渓流の里」から車で約15分、登山口に到着。標高830m以上と聞いていたので何時間かかるのだろうと少しひるんでいたのだが、「美浜の山は登山口まで車で行けるルートが多いので、小学生のお子さんでも登れます」と牧野さん。たしかに看板を見ると、山頂までは約60分。これならビギナーでも登れそうだ。
山の中に入っていく。はじめは少し傾斜がある山道を進んでいくが、ふかふかの土の上を歩くのは心地よい。
舗装された山道ではないので、道なき道を進んでいるように感じるが、「若狭路・美浜トレイル」のピンクのテープが道順を示してくれているので安心だ。
しばらく歩くとブナ林が続く山道に。さらに若狭湾と琵琶湖に通じる中央分水嶺を縦走しながら進んでいくと、イワカガミの群生やサワフタギなどの植物や水たまりのように見えるイノシシの「ヌタ場」など、さまざまな生命の気配を感じることができる。
琵琶湖が一望できる絶景
開けたところまで登ると、カルスト台地を思わせる白い岩が点在したスポットに到着。「石庭(いしば)」と呼ばれるこの場所からは、なんと琵琶湖と若狭湾がどちらも望めるのだ。
さらに稜線に沿って10分ほど歩くと、無事大谷山登頂!
遠くにはメタセコイヤの並木が見えるなど、滋賀県高島市から伊吹山にかけての景色が一望できる。
風を避けるため、我々は琵琶湖側の斜面で昼食を取り、下山した。
マイナスイオンたっぷり!
神秘の「屏風ヶ滝」へ
天空から眺める琵琶湖の絶景に心を奪われた我々は、下山後、嶺南変電所近くの登山口へ向かった。もう一つのルートである屏風ヶ滝に向かうことに。日帰りで複数のルートを楽しめるのも若狭路・美浜トレイルならではの特徴だ。
屏風ヶ滝周辺は、1909年頃に日露戦争の勝利を記念し、戦争で殉職した戦没者の慰霊のために新庄地区を含む旧耳村(美浜町中南部一帯)で開発されたエリアだ。旧耳村の園林寺住職、山田覚照師が修行の地を探し求めて山々を行脚し、この地を修業の地として定めたことがきっかけだという。
屏風ヶ滝と言われるのは、三方が切り立った岩壁で屏風を立てたように見えることから。地元では不動滝といわれ通称「ふどうさん」と呼ばれ親しまれている。
遊歩道はビギナーにも登りやすく、渓谷を楽しみながら徒歩30分ほどで目的の滝に到着するルートだ。
大谷山とはうって変わり、うっそうとした道。木の間から光が差し込み、岩には苔が群生する幻想的な光景が広がる。
近隣の人は散歩がてらに歩く人もいるそう。近くにこんな散歩コースがあるとはうらやましい限りだ。
道中、昔の生活を感じられるものもいくつか目にすることができた。
道の途中に現れたのは、石を積み上げた昔の炭焼き場。かつて薪炭の産地だった新庄で焼かれた炭は「若新」(若狭新庄の略) の商標がつき、滋賀で評判だったそうだ。
屏風ヶ滝が近づいてくると、「清涼の滝」「静隠の滝」「白滝」など連続して滝が出現。さらに山道の雰囲気が変わり、切り立った大きな岩々は思わず息を呑むほど圧巻の景色だ。ところどころチェーンをつたって歩くようなところもあり、ちょっとした冒険気分も味わえる。
歩くこと約30分。神秘的な佇まいの屏風ヶ滝に到着した。
落差20mの滝の岩壁には不動明王が彫刻されており、その左側の滝の岩壁には十六善神と刻まれている。
さらに小高い岩肌には日露戦争の戦没者の御霊が祀られた忠魂之碑が刻まれていた。鉄砲の薬きょうなどが供えられている祠に手を合わせ、我々は殉職者の鎮魂のために尽力した当時の新庄の人々に思いを馳せたのだった。
同じ美浜の山でも、ルートによってまったく異なる景色が広がる「若狭路・美浜トレイル」。
日帰りで好きな区間を選んで歩いたり、慣れてきたら足を伸ばして複数のルートを制覇したりなど、楽しみ方はさまざま。
全17ルートのうち今回は2つを堪能したが、まだまだ新庄の山には知らない景色が眠っていそうだ。
※トレイルコースは気象の影響によって大きく変動することがあります。
登山前にはホームページや電話等で状況を確認するなど、自己責任にて慎重に検討、判断、行動するようにお願いします。
【問い合わせ先】 新庄山村開発センター 0770-32-0058