福井県美浜町では、古くから「大敷網(おおしきあみ)」という伝統的な漁が行われている。
魚の通り道に沿って巨大な網を仕掛け、回遊してきた魚を誘導し、囲い込み、捕獲する大型定置網漁である。
ときには何トンもの魚が網に入ることもあるという。
夜明け前の海へ出て、網を引き上げ、港へ戻る。その繰り返しのなかに、日向の漁師たちの営みがある。
今回は、その現場を訪れ、美浜の海の恵みを目の当たりにした。
日向で続く、
大敷網という営み
大敷網は、日向で古くから行われてきた漁法の一つである。
陸から2〜5キロほど沖合に設置され、長さはおよそ1,000メートル、
幅は100メートル以上にも及ぶ大規模な網だ。
若狭湾一帯はリアス式海岸が広がり、海流に乗って回遊する魚が多い。
こうした地形を生かし、地域ごとに漁法が工夫されてきた。
その中でも大敷網は、海の流れを読み、魚の動きを知り尽くした上で成り立つ漁である。
構造は大きく二つに分かれる。
魚の進路を遮る「道網」(垣網:かきあみ ともいう)で魚群をせき止め、「運動場網」へ誘導し、
「中網」で囲い込む。そして最終的に「二重落とし網」と呼ばれる部分に閉じ込めて捕獲する。
海中に張り巡らされた巨大な仕組みは、まるで海の中の迷路である。
起源は定かではないが、16世紀初頭にはすでに行われていたことが古文書から推定されている。
地区によっては道網の長さが約1.5キロメートルにも及ぶものもあったという。
地域を挙げて出資し、船や網を購入し、共同体として漁業を営んできた歴史が残されている。
現在も日向では、大敷網漁が続いている。
ベテランが若手を育てる役割も担い、技術と経験が受け継がれている。
午前5時、まだ闇の中で
取材当日、集合は午前5時。
日向湖の湖岸に到着すると、まだあたりは暗く、海と空の境界すらはっきりしない。
気温は4度。吐く息が白く、手袋越しでも指先が冷える。
やがて、方々から漁師たちが集まってきた。「今日は寒いなぁ」「獲れるかな」と声を交わしながら、
漁用のつなぎに着替えていく。冗談を言い合う姿もあるが、どこか引き締まった空気が漂う。
20名以上の漁師が3隻の船に分かれて乗り込む。静かな湖にエンジン音が響き、船はゆっくりと動き出した。
船は日向湖の太鼓橋をくぐり抜け、若狭湾へ向かう。
夜明け前の海は静まり返り、かもめが並走するように飛ぶ。沖へ出るにつれ、潮の匂いが濃くなる。
この日の波は比較的穏やかだったが、冬の寒さが増すと波も荒れてくるという。
海は常に表情を変える。穏やかさも、荒々しさも、すべて受け止めながら漁は行われる。
海の底から姿を現す魚たち
乗船して約20分。最初の網のポイントに到着すると、船上の空気が一変。
漁師たちの動きが一斉に慌ただしくなった。
漁船に設置された巻き上げ機がセットされ、クレーンに縄がかけられる。
氷を運び、作業の準備が整えられていく。
20名以上の漁師が無駄のない動きで連携し、船体は網を手繰り寄せる形へと移動する。
いよいよ漁が始まった。
漁師たちは船の側面に横一列に並び、重い網を手繰り寄せていく。
2隻の船と、1隻の小型船が次第に網を挟み込む陣形へと配置を変え、その中心に魚が追い込まれていくのだ。
網を巻き上げること約20分、網の底が見え始めた次の瞬間、水面が一気に沸き立った。
大量の魚が水しぶきを上げ、跳ね回る。ブリ、サバ、サワラ……銀色の魚体がライトの光を受けてきらめく。
巨大なクレーンや大きなタモ網で、次々と魚が船へと移されていく。
朝焼けにはためく大漁旗
この後もポイントを移動し、この日は2箇所の漁場で漁を行った。
漁を終えると、漁師たちは息つく間もなく港へ戻る支度に入る。
今シーズン初の大漁旗が掲げられた。
色鮮やかな旗が風を受け、大きくはためく。
港を出てから約2時間。
振り返ると、美浜の海は朝焼けに染まっていた。
港に戻り、次の仕事へ
日向漁港では、すでに選別作業の準備が整っていた。
船を岸に寄せ、水揚げされた魚を大型選別機へと移す。ここでも漁師たちの動きは止まらない。
魚種ごとに仕分けされ、大漁のブリは重さを量られ、箱へと詰められていく。
2017年には、日向漁港で水揚げされたブリの中でも厳しい基準を満たしたものだけに与えられるブランド
「ひるが響」が誕生した。海と向き合い続けてきた誇りが、こうした取り組みにも表れている。
ひと仕事を終えた漁港に、再び静けさが戻る。だが、それも束の間である。
また夜が明ければ、漁師たちは海へ出る。
季節や天候によって海の姿は変わり、漁の運命も大きく左右する。
それでも、この海とともに生きる営みは、昔も今も変わらない。
大敷網は、日向の漁師たちが守り続けてきた、海との向き合い方そのものである。
美浜の海は、今日も静かに、次の夜明けを待っている。